昭和56年12月10日 御本部参拝 (末永信太郎) №56-135-B
九州の大恩人と、まあ、九州の信者が称え祭っておる二代金光様で四神様。または、これは合楽の大恩人と、合楽の信奉者みんなが三代金光様(の仰せがなかったら?がお在りしになかったら?)、今日の合楽はもうないと思われるように。もう、いよいよ私が何をしても駄目だという時に、親先生のお供をして( )にお伺い頂いた時に、大坪聡一郎のこれからのことを、お伺いをなさいました。私、親先生、そして後( )いくつある。
したら、金光様がはっきり、「道の教師としておかげを受けられたら結構です」というお言葉を頂いたんです。そして帰りまして、そのことを、まあ、そのことが、あちらこちらの教会を、まあ、( )されるというか、したら、ある先生が合楽をどう、いや、私がさっちどうでも、その、御本部ぐらいな(おかげ?)といったような、まあ、言うならば、その先生が今の話でね、「それはあの、大坪さん、あの、お道の教師と思ってじゃなかったか」と言われるんです。
ところが、私もそれを言われてみたらですね、( )に私は、たしかに、お道の教師としてとは頂いたんですけれども、親先生が( 頂いておられましたから?)、「あれはどうでしたかね」、「うん、あれはやっぱ、お道の教師としておかげを受けたら結構です、と仰った」て言いよりなさいましたですもん。 そしたら、( )一時してしよったら、「あれは、教師となってからのごたったばい」て言いなさいましてね。ほれから、私はその、あの(厳しいきょう?急心境?)、もう、( )そんな言われるようになって、なら、教師として、まあ、学院に行くことに頼もう、いわゆる(手はずを?)済ませて、ほれで、(行きに私は聞かせて頂いたんですけど?)、あん時な、(繁雄さんと高橋さんとね?)、それから福岡の渡辺さんという方が( )かな。とにかく、4~5人の方がね、三日間かかったんです、あの試験が。私が(小学校 )やっぱ一人だけ一日多かったんです。私のために、たった一日、あの( )の受けるような試験があったような事でしたけど。あの検定試験の時ですね。
だから、逆にその、( )時には、もう、その時から、私は糖尿病になったんですよ。だから、糖尿病と腎臓ということを言ってますから、あの、腎臓病でそん時の年の学院生が一人亡くなられたんです。だから、えらい神経を尖らせておる時でしたからね、その、腎臓や糖尿病のあるとは、学院ではその、受けきらんと、こういうことだった。
そんならば、あの、検定でなかにゃ出来んじゃないかという事になって、検定で、まあ、おかげを頂いて今日がある訳なんですけど。( )と言うて、そのことから、ずうっと、(その、そういう意味のことをね?)あの、お待ちして頂いてあったが、あの、教祖様の御信心というか、御教えというものを、これほどに深く広くね、あの、合楽によって、あの、深められて高められて、そして合楽で言うように、前代未聞の宗教であるとか、天地開闢以来であるとか、宗教以前の宗教という、もう、これは合楽でなかな作らないようなことを使えれれるほどしの内容に、教祖金光大神のお言葉というか、御教えを広くしたということに対して、もう、もうそれこそ、あの、もう、前にも先にもないだろうと教祖様が仰るですよ、今日は。
もう、これからもないだろう、と。はい。いや、今までもかつてなかったんだ、と。今までかつて、んなら、おかげを頂いたというのは、ほれは( 膝ぼち?)が上げるごと、こうこうやってから、奥城なら奥城で、その来て( )なっと御祈念してね、ように一心不乱ですたい。そして、またあの、家に帰ったら水をかぶったり、それこそ火の行をいよいよしてから、拝んだというのが過去の金光教だった。それでもう、そういうね、こう、合楽の場合はだから、どうでも、んなら、後にもなかろう、これから(先でも?)おそらく合楽で今説いておるような教えはないだろう、と。
そして、なら、今のその教えというものが、皆一人ひとりの上に、その、頂いて現されて、初めて値打ちがあるということになり、なら、合楽理念をもってすれば、かくおかげが受けられるという事実をね、あの、踏まえての合楽であり、金光教の信心であるということに、今、ならなければならん。( )もっともっとね、お互いあの、( )かね。繊細一遇といったような言葉がありますよね。
今、合楽で頂いておかなければ、それは、(向こうても来るでしょう?)。けれども、そのままに、こう頂いて、もし分からん時には、訪ねることも出けるという時に頂いて、身に付けておかなければ、いよいよ、いけないなということを、今日は、まあ、改めて実感させて頂いたんです。
過去の金光教というのは、もう、ただ、わが心に神がござるから、一心を立てるからおかげになるのじゃ、という信心だった訳ね。けれども、今日の合楽の場合は、ね、此方が祈るところは天地金乃神と一心という、いわゆる、天地、昨日あの、福山支部長のお話の中に、ちょうど私の部屋に立派な軸がかかってたです。( )にその、真如、真の如しという、真如という。もう、これは、あの、仏教のお経文か何かから出た良い言葉です、それはいい言葉ですね、真の如し、真如という。
ですからね、真如ちゃ、大体どういう(ことですかと?)私が言いよったら、あの、その、( ?)、「真如とは、人間が煩悩を取り除いた心を持って、真如と言うのだ」という説明がついておるんだそうです。ね。もう、これだけで、仏教では助からんことが分かるでしょうが。ね。
人間が煩悩を取った心の姿。いわゆる、金光教で言う真、真心というものは、そういうものではない、と。もう、それこそ、天地の心を心とする、それが天真地心であり、天の真であり、地の心とそれを受ける、それこそが真如である。これは、あの、( )の無くなったですかね、あの、(すらだち?)劇団という(みんべん?)がこう、地方からこう、回ってました。
あの、あん時のその、まあ、出し物に「真如の月」というね、私はそれを、まあ、記憶してるんですがね。( )あったんですけど、真如の月。けっきょく、月そのもの、そのものには光はないんだ、と。ね。けれども、それが、その、あれは太陽の光を受けて、いわゆる、昼をも欺くような光が頂けれるんだ、と。生神とはね、そういうことなんです。私どもの心が満月のような心になった時に、いわゆる、生神とは同じような光を放つことが出けるようになるんだ、と。
( )心が半月さんであれば、半月さんだけの光であり、三日月さんであれば三日月さんだけであり。いわば、私どもの場合はね、( )にして暮れの闇が多いわけ。ね。その暮れの闇で一心不乱に拝んだ、おかげを頂いたというのは、どこまでも、わが心に神がござるから、おかげになった。
はあ、以前、私ども、まあ、それこそ( )それこそ、( )押しのかしてからでもね、一心不乱にこうして拝まにゃ、拝まにゃ拝んだ( )なかったごたる気色でしよった。だから、もちろん拝むことも大事なんだけれどね、それよりも大事なことは、とにかく、天地人一如の世界という、天地日月の心を心として、日月の心をね、天地の中にこう、溶け込んで行ける手立てというのが、合楽理念ですから。んなら、土の心に徹しておる人、成り行きをいよいよ尊び尊んでおる人は、もう天地の中に入って行っておる姿なんです。ね。
そういうところから、生まれて来るおかげ。それに、また一心不乱に拝むということもあって良いけれども、そういう、んなら、おかげも、また、そういう、その、道をね、教えて頂いておるのが今日の合楽ですから、今日、私、教祖様に、まあ、( )かね。あの、歌舞伎なんかに、(その?)日本一!て、大向こうから声がかかるでしょう。あれを、世界一!もう、ずうっと、どこまでも響くような声で頂いたんですよ。それが私のことがどうかは分からんけれども、今、合楽で(説かれておる?問われておる?)教えというものは、もう、後にも先にもないほどしの教えであるといったようなものを実感するんです。
ですから、本当に(先生のお話を自分に?)それを聞いておったというだけじゃなくてね、それが血になって肉になってというところまで行かなければ、なら、合楽理念の値打ちはないということになるんです。
昨日から、もう、あの、福山の方達のそれこそ(目のこまい? )御信心に触れて、こっちの方がシャンとしたような事でございましたけれどもね。
本当にあの、桂先生の御在世ん頃、このお祭りを四神様のお祭りと昔は見なされてたんです。ね。それを今は、こう、報徳祭、報徳祭で、その、先覚先師の御霊神、霊祭になってしまった訳ですね。私どもは、四神様はもう、教祖金光大神と同じ御神格の中にある。三代金光様とても、尚更、私どもとしては、もう、あの、生神金光大神の中に入っておられる方だと思いますけれど。
合楽の場合は、どこまでもだから、四神様の御大祭であり、三代金光様の御大祭でなからなきゃならんです。いよいよ、(いうような空気に?)その四神様と三代金光様のお祭りをさせて頂くわけですけれども。はあ、そう言うて( )、四神様のこのお祭りというのが、春秋の大祭よりも多かった、当日お参りが。なるほどね、九州( )おられるのです。
(ところが、 )散漫になって来てね、何か( )御霊さんの( )、かえって力を受けなければならんのに、何か力が無くなって来たような感じですね。だから、やっぱり合楽としては、どこまでも四神様のお祭り、三代金光様の御大祭として、まあ、仕えたいと思います。( いっちょほろ酔い気分でね?)、おかげを頂いて頂きたい。